偶像の余白

ド新規髙地優吾担

沼落ちから半年経った

沼落ちから半年経った。

そんなわけで、現状の心境とか、なんかそんなものを振り返りやすい場所に残してみよーっていうかる〜い気持ちでブログを開いたわけです。



自己認識では2021年2月末にストチューブを見始めたのがSixTONES沼落ち、2021年3月1週目のどこかで髙地優吾沼落ち、となっているため2021年8月末現在、SixTONES沼落ちから約半年が経過したことになる。




まーじでびびってる




筆者はオタクとして生きてきた。

幼稚園で絵本を読み漁り、小一で漫画を読み始め、小2でハリーポッターを始めとする児童文学に手を出し、小3でコバルト文庫を代表とする少女小説ライトノベルの世界に足を踏み入れた。小5で嵐に触れ始め小6からは48も追いかけ始める。中2でアニメとボカロの味を覚え、高2でソシャゲを始めた。そしてこの間ジブリ映画を見返さなかった年は1回もない。



全部に対してしっかりとのめり込んできた。推しジャンルも推し作品も推しアイドルもたくさんいる。


ただ、それだけのものに触れてきたってことは、それだけ興味の移り変わりがあったってことでもある。


しっかりのめり込むタイプなので全部に真剣に向き合ってきたし、一旦離れてもまた戻るなんてことはザラにある。
それでも、高い熱量が継続するのはだいたい1ヶ月~3ヶ月くらい。

数年続けたソシャゲもあるし、嵐にしやがれなんかは初回放送から最終回まで みた。
でもこの辺ってほぼ日課みたいなものだし、ログインするだけ、流し見するだけ、みたいな日も結構ある。


だから「毎日その話する」みたいなのって、そうそう続かないのだ。積極的にアウトプットしたくなるような熱量を保つのって結構難易度が高い。
たぶん4ヶ月くらいを超えてくると好きの出力が60%くらいに下がってきちゃうのだ。




それが!


いま!


どうよ!!!




見てくれよ俺のTwilogのデータ

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…………………きもちわりーな?


このアカウント、作られたのは2月26日なんだけど、スト担として動き出したのは3月23日なので、たぶん平均ツイート数は20.7件よりもうちょっと高くなる。
さらに言えばこのアカウント稼働し始めてからツイートしなかった日は現時点までで1日のみ。

きちわりーな?


ちなみに8月20日のツイート数100件超えはこれのせいです




つまりね、なんか、余裕で3ヶ月を超えちゃったのだ。

熱量が100%まで初めて上り詰めた時からほぼ半年経つのに、まだ毎日元気にSixTONESと髙地優吾の話をしている。



もちろん、3月から6月まで長く続いたツアーがあって、5月にはインスタが毎日稼働して、7月と8月にはマスカラの販促の動きがあって、というとんでもない供給があったわけだけど。


でも、そのスゴい供給を半年ずっと追いかけたっていうのが、すごいよね。

だってこの間毎週ストチューブの配信とANNの放送もあるわけじゃん。



更に言うとね、ゆごあしをさ、毎日読んでるの。
これはもちろん毎日更新しているゆごさんがまずすげーっていう話なんだけど。

でもさぁ、わたしはほんとに、何かをコツコツ継続するってことが本当にできない生き物なの。



だから、凄いことなんだよ。
半年間も、この熱量の“好き”が続いてるのって。


凄いんだよ。こんなにも、わたしの“好き”を継続させてるSixTONESって。髙地優吾って。





樹が「ラフにラブを」って言うじゃん。

あの言葉を知る前から、自分のペースで、自分のやりたいことだけ、観たいものだけを観るスタイルにしないと好きでいることに疲れちゃうだろうな、とは思っていて。
だから、“ラフに”やっていくつもりでは最初からあった。


でもさ、樹のその言葉に触れないままだったら、その事が申し訳なく感じる瞬間みたいなものが、もしかしたら訪れていたかもしれない。



こうやって、変えられていくんだろうなって思う。
自分でも知らず知らずのうちに、ちょっとずつ影響を受けて、何かが変わっていく。

普通の人間関係の中でも起こることが、アイドルとファンの間でも起こる。


どっちも人間なんだから当たり前だけど。でも、おもしろいなって、不思議だなって思うよ。




受け取ったものを良いものにするか、悪いものにするかはいつだってわたし次第で。

だから、ちょっと、そこだけはちょっとだけ、意識しないといけない。



わたしの好きになった人たちは素敵な人たちだから、わたしは素敵な人たちから素敵なものを受け取ってるよって、胸を張って言えるように。




わたしの人生における自慢は、“推しの趣味がいい”ってことなんだ。